投稿作品

「無垢な誘惑者」 兄神
1/2ページ目



強くなりたい


強くなりたい


強くなりたい



例え残るものなどなくても


例え護るものなどなくても


ただ、強くなりたい














神威が目を覚ますと、隣で小さな妹が寝息を立てていた。


窓の外は相変わらずの雨模様で、朝か夕方かもわからない。


神威はゆっくりとまばたきをし、先刻のことを思い出す。





実の父に勝負を仕掛け、片腕をとった。

途中で形成逆転され、父の傘が自分の喉元をかき切る寸前、妹の神楽がそれを止めて…自分は意識を手放した。


通りで体が軋むはずだ。



ところで誰がここまで自分運んできたのだろう。

誰が傷の手当てをしたのだろう。


それはおそらく……



神威は目の下に隈(くま)を作って眠る神楽の頭を撫でた。





「ん……」


虚ろな目が神威をとらえる。


「に、兄ちゃん!」


神楽は思い切り兄に抱き付いた。


「………。俺が恐くないの?」


家族を殺そうとした、俺が。



「恐くなんかないヨ。だって神楽の兄ちゃんだもん。」


そう言ってにっこりと笑った。



「父さんは?」


「パピーは、頭冷やすってどっか行っちゃったヨ。」


「そっか。………神楽、泣いてた?」


赤く腫れた妹の目蓋を優しくなぞる。


「わ、私、強い子ネ!泣く訳ないアル。」


「はいはい、泣き虫さん。」


けらけら笑ってみせると


「もーっ!」


と抱き付いてきた。




────ギュッ


しがみつく手に力を込める。



「………。ねぇ兄ちゃん、どこかに行ったりしないよネ?兄ちゃんがいるなら私、もう泣かないヨ。」


震えた声で喋る神楽の背を優しく数回叩き、なだめる。



「それはできないよ。神楽も見てたよね。俺はもう、ここには居られない。」


「パピーのことなら私に任せてヨ。絶対に仲直りさせて…「あいつに許しを請うつもりはないよ。あいつが恐くて出て行く訳でもない。」


ただ失望したんだ、あいつを殺れなかった己の弱さに。

俺はもっと強くなれる。

そう、ここで立ち止まってる暇はない。


──……俺を満たすのは、血。




「どうしても出て行っちゃうアルか?」


「うん。」


神楽は顎に指をあて、少し考える。


しばらくすると、何か閃(ひらめ)いたように青い瞳を輝かせた。



「兄ちゃん、目ェ瞑って!」


「え?」


「いいから早く。」


仕方ないなと目を閉じる。


別れのキスでもくれるのだろうか。



「ちゅ」



そう言って神楽が神威の唇に押し当てたのは……。


「定春4号アル。」


白いウサギのぬいぐるみだった。


「これ、神楽のお気に入りのぬいぐるみじゃん。」


「うん、この子を私だと思って持って行ってヨ。」



「ぷっ。あははははっ!」


神威は思い切り笑った。


「な、なんで笑うアルか!」


「いや、神楽らしいと思って。」


笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭う。


「でも悪いけど、持っては行けないな。こいつは神楽が大切にしてあげて。」


妹の小さな両手に、ぬいぐるみを抱かせる。


「うん!」


神楽は無邪気に笑った。




────こんな腐った世の中にも、夜兎の血にも、決して染まらない無垢な妹が、俺を惑わす。

さぁ、心が揺れる、その前に。


「もう行かなくちゃ。」


神威はひざの上の神楽を下ろし、立ち上がった。








.
[指定ページを開く]

次n→ 

<<重要なお知らせ>>

@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
@peps!・Chip!!は、2024年5月末をもってサービスを終了させていただきます。
詳しくは
@peps!サービス終了のお知らせ
Chip!!サービス終了のお知らせ
をご確認ください。




w友達に教えるw
[ホムペ作成][新着記事]
[編集]

無料ホームページ作成は@peps!
無料ホムペ素材も超充実ァ